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東京地方裁判所 昭和32年(ヨ)4050号 判決

申請人 河口武

被申請人 国

主文

被申請人は申請人に対し一〇万円および昭和三四年七月以降毎月一五、〇〇〇円の割合の金員を毎月一〇日仮に支払へ。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

一、当事者の申立

申請人訴訟代理人は「被申請人が申請人に対し昭和三一年七月一二日附でなした解雇の意思表示の効力を停止する。被申請人は申請人に対し昭和三一年七月一三日以降月額二一、二九〇円を毎月一〇日仮に支払え。」との裁判を求めた。

被申請人指定代理人は「申請人の申請を却下する。申請費用は申請人の負担とする。」との裁判を求めた。

二、申請人の主張

申請人訴訟代理人は申請の理由として次のとおり述べた。

1、申請人は昭和二三年一〇月一七日被申請人に雇用され、始め米軍東京補給部に荷扱夫としてその後陸仲仕として勤務中のところ、昭和三一年六月二七日東京補給部人事課より即時出勤停止を命ぜられ、次いで同年七月一二日東京都港渉外労務管理事務所長名義で保安上の理由によるものとして解雇された。

2、右解雇の意思表示は保安上の理由によるものとされているが、右は口実であつて、その真意は申請人の活溌な組合活動を行つたことを理由とするものであり、従つて無効である。

(1)  申請人は、昭和二三年一〇月一七日就職と同時に全日本駐留軍労働組合芝浦労働組合に加入し、同二四年四月より同二八年四月まで同組合職場委員、同二八年四月より同組合執行委員、同二九年二月に同組合と全駐留軍労働組合東京地区QM支部とが合同して全駐労東京補給部支部となるに際し同支部委員、同二九年四月同支部執行委員、同三〇年五月同支部委員、同三一年四月同支部執行委員に各選出され、出勤停止当時は同支部執行委員共闘部副部長であつた。

(2)  申請人は、東京補給部ストレージ地区衣料班ドツク職場に、昭和三〇年四月以降は同地区リセールス職場に勤務したが、昭和二四年職場委員に選出されて以降、終始職場の組合活動の指導的中心人物で職場組合員の要求や苦情を取上げてその解決のため尽力した。

(3)  昭和二八年八月全日駐、全駐労共闘の日米労務基本契約改訂要求のゼネラルストライキの際は執行委員指揮統制部長としてストライキの全般的な指揮統制を担当した。また青年部、青年行動隊設置の主唱者であつた。とくにストライキ中六番ゲートにおいて民間業者のトラツクによるバナナ搬入をめぐつて紛争がおこり、水上警察署の私服警官が介入し、更に数十名の警官隊の待機していた状況で、申請人はMP隊長と交渉して紛争の解決にあたつた。

(4)  芝浦労働組合と全駐労QM支部が合同した後の昭和二九年四月に、東京補給部支部で当時発表されていた一八七名の首切に反対してストライキ権が確立された。その後の団体交渉に申請人は毎回出席して人員整理の不当を主張し、とくに同年五月六日開かれた組合、労管、米軍の三者会談においても活溌な発言をなしたので、会談終了後米人にその氏名所属職場をただされた。また右人員整理反対闘争に同年六月港労管前で行われた坐り込みに参加した。

(5)  昭和二九年九月の全駐労の特別退職手当要求のゼネラルストライキに際して、申請人は執行委員として第二闘争本部に所属し、主として指揮統制を担当した。

(6)  昭和三〇年二月および四月にストレージ地区で行われた人員整理に、申請人は執行委員として反対闘争を指導し、また共闘部長として友誼組合との連絡にあたつた。

(7)  昭和三〇年六月以降同三一年五月まで申請人は副組織部長として組合の組織活動に従事し、当時まで組合員がいなかつたストレージ地区ベテリナリー職場従業員を大量に組合に加入させた。また昭和三〇年一月冷凍およびモータープール職場の人員整理に対して反対闘争の推進に尽力した。

(8)  支部副執行委員長であつた藤本秀夫が昭和三〇年二月三日保安上の理由で出勤停止を命じられ、同月一九日解雇され、同年六月二八日同人の訴願が却下されて以来、組合活動を行えば保安上の理由に藉口して解雇されるとの印象が広まり、一般の組合活動が消極的となつた際、申請人はとくに組織の強化に努力した。

(9)  米軍は申請人のこれら組合活動に注目し、とくに申請人がその結成を主唱した青年行動隊に対し調査を進めていた。また申請人の直接の作業上の監督者マタイカス軍曹は申請人の組合活動を終始嫌悪していた。

3、被申請人は本件解雇が保安上の理由によるものと主張しているが、その内容は申請人の組合の元副執行委員長であつた藤本秀夫との交友関係から、申請人を保安基準にいう破壊的団体の構成員と密接に連絡をとるものとした如くである。右にいう破壊的団体とは日本共産党を指称するものであることは、駐留軍労務関係当事者の間に顕著な常識である。とすれば解雇は申請人が日本共産党の組織的同調者であることを理由としたもので、憲法第一九条第二一条第一四条および労働基準法第三条に違反し無効である。

4、申請人に対する給与の支払日は毎月一〇日であり、解雇当時申請人は基本給一八、九六〇円、家族手当六〇〇円、有給休暇加給一、七二〇円、合計二一、二九〇円のほか、時間外勤務手当平均約三、〇〇〇円の支給を受けていた。

5、申請人の解雇無効(賃金支払)の本訴の確定をまつては申請人にとつて償いがたい損害となるので仮処分命令を申請する。

三、被申請人の主張

被申請人指定代理人は申請人の主張に対して次のとおり述べた。

1、申請人主張第1項の事実は雇用の日時をのぞいてすべて認める。雇用の始期は昭和二三年一一月一八日である。

2、本件解雇は保安上の理由によりなされたものである。

(1)  日米安全保障条約に基いて駐留する合衆国軍隊のための労務に服するため被申請人国に雇傭された駐留軍労務者について日本国政府と米合衆国との間に昭和二六年七月一日「日本人及びその他の日本国在住者の労務に対する基本契約」が締結された。右基本契約第七条において、合衆国契約担当官は労務者のある者を引続き雇用することが米国政府の利益に反すると認める場合には即時その職を免ずる権限を有するとされ、右の米国政府の利益に反すると認める場合とは合衆国政府の保安に危険を伴い、若しくは危険を生ぜしめ、又は危険であると認める場合であるとされている。その手続については、昭和二九年二月二日調達庁長官と合衆国契約担当官との間に全駐留軍労働組合の同意を得て附属協定第六九号が締結された。本件解雇は右協定に従つてなされている。

(2)  昭和三一年四月一一日調達庁長官は極東米国陸軍司令官から書簡をもつて申請人に対する労務基本契約附属協定第六九号所定の保安基準該当の容疑について意見を求められた。調査の結果充分な資料が発見されなかつたので昭和三一年五月九日その旨を回答した。昭和三一年六月二七日東京補給部人事課は申請人に対し出勤停止の申渡をなし、同日附書面をもつて六月二八日に東京都港渉外労務管理事務所長に申請人を解雇するよう要請したので同年七月一二日解雇を通告した。

(3)  保安上の理由の具体的事実は駐留軍の高度の機密保持の必要上駐留軍から日本国政府に示されていないが、解雇が専らこれを理由としていることは駐留軍内部の決定手続からして明白である。保安上の理由で解雇する場合は極東軍司令部の保安解雇審査委員会に諮問され、その決定と極東陸軍第八軍司令官の承認を受けて処理される。右審査委員会の認定は米国の保安に関する事実のみに基いてなされ、保安基準に密接直接に関係のある情報のみを考慮するもので、組合活動や米国の保安に関係しない他の事項は考慮されない。

3、申請人主張第2項の解雇の真因が組合活動にあるとの事実は否認する。本件解雇は前述のとおり保安上の理由によるものである。

同項の細目に関する認否は次のとおりである。

(1)  申請人の組合役員経歴中、申請人が昭和二九年四月および昭和三一年四月に執行委員となつたことは認めるがその余は知らない。

(2)  申請人が米軍東京補給部ストレージ地区に属したこと、昭和三〇年四月同部衣料班が他に移転したことは認めるが、その余の事実は知らない。

(3)  昭和二八年八月労務基本契約改定要求のゼネラルストライキがあつたこと、右ストライキに際しバナナを積載したトラツクの進入をめぐり紛争のあつたことは認める。申請人の当時の行動は知らない。

(4)  昭和二九年二月全日本駐留軍労働組合芝浦労働組合と全駐留軍労働組合東京地区QM支部とが合同したこと同年四月以降の団体交渉に申請人が出席していること、同年五月六日の三者会談にも出席発言したこと、港労管の前で組合の坐り込みが行われたことは認めるがその余は知らない。

(5)  昭和二九年九月にゼネラルストライキのあつたことは認めるが申請人の行動は知らない。

(6)  昭和三〇年二月および五月にストレージ地区に人員整理の行われたことは認めるが申請人の行動は知らない。

(7)  昭和三〇年一〇月冷凍およびモータープール職場の人員整理が発表されたことは認める。その余の事実は知らない。

(8)  元支部副執行委員長藤本秀夫が昭和三〇年二月三日に保安上の理由で出勤停止を命じられ、同月一九日解雇され、同年六月二八日に同人の訴願が却下されたことは認めるが、その余は知らない。

(9) 知らない。

4、申請人主張第3項の事実は否認する。本件解雇は前述のとおり、もつぱら米駐留軍の保安上の利益を保護する目的でなされたもので、申請人の思想信条によつてこれを不利益に取扱うものではなく、憲法労働基準法に違反するものではない。

5、申請人主張第4項の事実のうち、給与の支払日が毎翌月一〇日であること、解雇当時の申請人の基本給は、一八、九六〇円、家族手当は六〇〇円であつたことは認める。有給休暇加給は有給休暇をとらなかつた場合加給されるもので月により加給額も異る、時間外勤務手当の平均額が三、〇〇〇円となることは否認する。

四、証拠関係〈省略〉

理由

一、争ない事実

申請人が昭和二三年一〇月頃被申請人に雇用され、米軍東京補給部に勤務中のところ、昭和三一年六月二七日東京補給部より出勤停止を命ぜられ、次いで昭和三一年七月一二日被申請人より保安上の理由によるものとして解雇されたことは当事者間に争ない。申請人は右解雇は不当労働行為ないし思想信条による差別であつて無効であるとし主張し、被申請人はこれを争う。そこで申請人の組合活動と被申請人主張の解雇理由について検討のうえ、解雇の効力について判断する。

二、組合活動

成立に争ない甲第一、第二、第三、第四、第八、第九号証ならびに証人舎夷正明の証言を綜合すると、申請人がその主張の組合役職を歴任し、ほぼその主張の如き組合活動をなしてきたこと、申請人が忠実かつ熱心な組合活動家であり、米軍もそのことを知り一応注目していたことが認められる。また成立に争ない甲第八号証、証人藤本秀夫の証言によれば、米軍が組合活動家に対し注目嫌悪する例のあつたことが推認される。

三、保安上の理由

被申請人は本件解雇は保安上の理由によるものであると主張する。しかし保安基準に該当する具体的事由については何らの主張疏明がなく、むしろ成立に争ない乙第五号証によれば、被申請人自身米軍の諮問に対し申請人の保安基準該当容疑については充分な資料が発見されない旨回答していることが認められ、結局申請人が保安基準に該当する旨の疏明はないものという他ない。

四、解雇の効力の判断

以上のように申請人が熱心な組合活動家であつたこと、その結果、米軍に注目嫌悪されたと推認されること、申請人について保安上の解雇理由の認められないことを考え合せると、本件解雇が保安上の理由によるというのは表面上の口実に過ぎないものであつて、その実は申請人の組合活動を理由とするものと認めざるを得ない。

もつとも成立に争ない乙第四号証(八木正勝の陳述書)、証人舎夷正明の証言によれば、本件解雇は、米軍司令官において保安審査委員会の審査結果による勧告に基き決定したものであつて、右審査委員会は申請人の勤務する現地米軍諸機関と無関係に米軍の保安に関する事実のみの調査の結果を基礎として勧告を行うように見えないではないけれども、右審査委員会の審査において申請人の行動について申請人の勤務する現地米軍諸関係者の報告ないし意見を徴したであろうことは容易に推察されるところであるので、申請人の前記活溌な組合活動に関する報告ないし意見が審査委員会に提供されなかつたとは考えられない。それ故、米軍司令官の指示に基きなされた本件解雇は申請人の組合活動と無関係である趣旨の乙第四、五号証の記載と証人舎夷正明の証言は措信し難い。

従つて、本件解雇は労働組合法第七条に該当する不当労働行為であつて、労働関係の公序に反し無効であるといわなければならない。

五、保全の必要性

申請人が本件解雇当時、毎月基本給一八、九六〇円、家族手当六〇〇円の支給を受けていたことは当事者間に争ない。なおその他に有給休暇加給および時間外勤務手当の支給のあつたことも当事者間に争ないが、その額については適確な疏明がない。

ところで、労働者にとつて賃金の支給を絶たれることは、特段の事情のないかぎり、その生活に著るしい損害を蒙る結果となることは明らかであり、成立に争ない甲第九号証によれば、申請人は本件解雇の結果その収入を絶たれ、妻と共に長男方に寄食しているが、長男も裕福でないので、生活に困難をきたしていることが認められる。よつて当裁判所は申請人の生活状態をも考慮し、申請人の仮処分申請中、主文掲記の賃金の支払を命ずる限度において権利保全の必要性があるものと認める。

よつて申請費用について、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西川美数 大塚正夫 花田政道)

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